映画なんて冗談?

 多くを見ていないので確信を持っていえないが、ルイス・ブニュエルの作品に登場する人物は、その大きな特徴として、役柄の明確さを持っているとはいえないだろうか。たとえば、プチブルとプロレタリアの間を揺れ動く人物とか、左翼思想と自分の反動性の間で悩む人物といったものは、一切とうじょうしないように私には見えるのだが。そして、プロレタリアというよりも、むしろそれ以外では決してありえないような貧民とか、典型的なブルジョワとか、それらはまるでハリウッド製メロドラマのように典型的な、キチンと整理された役柄といえるのではないだろうか。

『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』においては、ポール・フランクールとデルフィーヌ・セイリグの旧ブルジョワ階級夫婦、ジャン=ピエール・カッセルとステファーヌ・オードランの新興ブルジョワ階級夫婦、フェルナンド・レイの大使、そしてジュリアン・ベルトーの司教といった具合に、旧秩序からの、近代資本主義時代に誕生した、高級官吏と、そして教会権力という、それぞれにブルジョワジーを構成する重要な、そして明確な役柄である。ただ一人、ビュル・オジェだけが不明確さを見せているようだが、果たして、この寄生的な人物こそが、ブルジョワ達にとって、彼等が幾分かでも革新的な装いを身に付けるために必要な人間なのであって、このちょっぴり反逆的な娘を仲間に持つことが、彼等をよりソフィスティケートさせてくれるのである。ある種のテクノクラートは、彼女の役柄に大変よく似ているのだ。

 このように、典型的なブルジョワ達を並べたところに、原題の『ブルジョワジーの秘かな魅力』の意味があるのだ。確かに、先のような不確かな人物を登場させることは、その作家の属する世界の難解さを反映させることなのかも知れないが、反権威主義者としてのブニュエルにとって、あるいは老作家にとては、そんなのはまだるっこしくて問題を不明確にするだけだ。むしろ、ブルジョワらしく十全にふるまうことが、より物事を明確にする、つまりブルジョワジーの<魅力>なのだ、と。

 とはいうものの、当たり前の社会主義者ではありえない彼は、それだけでいいなどとは決して考えない。でなかったら、この映画は単なるベトナム戦争をあてこすった、映画の中の魅力あふれるブルジョワジーのような、ソフィスティケートされた映画であるはずだ。

 そこでブニュエルは、まずストーリーからプロットを取りはずす。プロットがなくなるからそれそれのシークェンスは、それぞれのイメージだけにとそまり、しれだけでストーリーからリアリティを捨て去ることができるようになる。つまり、すべてのシークェンスがイリュージョンになる。映画は元々イリュージョンといってしまえば元も子もないが、ハリウッド製メロドラマとその追随が一生懸命になってイリュージョンにもっともらしい意味付けをしているなら、いっそ元も子もなくしてしまう方が面白いんじゃないか。

 そんな意味で、三箇所あった<それは夢でした>的なシーンがつまらなかった。そこに商業主義的な臭いはしないだろうか。夢である映画などない。すべて現実なのだ。そして現実はイリュージョンなのだ。映画なんて冗談冗談と本当はいって欲しかったのだ。

(『映画評論』1974年12月号)

☆『映画評論』は、先の「さえないやつら」と、この「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」だけの2本だけ。たしかに『キネ旬』より多少長い文章をかけるので、それなりの自由さはあったが。なんか、あまり満足した覚えはない。

映画「さえないやつら」評

 映画を撮りたい撮りたいと思っていて、しかしいざ機材を手に入れた時、逆に何を撮ったらよいのやら分からなくなると言うのは、とっても好きな女の子とやっとの思いで寝る事が出来たのに、イザとなると肝心のモノが立たなかったりして失敗する事と似ていて、本当はよくある事なんだろう。

 その時、映画作家はどうするか、原正孝みたいに、何を撮ってよいのやら迷ってしまっている己れ自身の姿を撮るのか、それとも出来合いの対象を借りて来て、いかにも映画を作ったような気分になってしまうのか。進歩派作家としてベトナム反戦の映画を作る時、一体何を撮ればいいのか分からなくなった時、ゴダールは自ら画面に登場したし、撮り初めの一周期後に来た「何を撮っていいやら分からない」時に、フェリーニはやはり『8 1/2』で自分の姿をマストロヤンニ以上に出してしまった。これに対して、後者の典型とも言えるのが、映画『さえないやつら』(これは故意のミスである)の新人監督吉松安弘なのだ。

 出来合いの、「赤旗・日曜版」連載の原作から、対象も内容も借りて来て、それでいていかにも映画を作った気分になってしまっては困る。原作は(当然にも)読んでいないから、原作とを比較して論じる事は出来ないが、少なくともこの土井原亮という主人公の少年が、テレビ青春(メロ)ドラマの森田健作や桜木健一と言った、相も変らぬ性欲をスポーツで発散させてしまうタイプの主人公とちっとも変わらない事に、間違いないのだ。「革命派でも反動派」でもない、ただの牛乳屋の少年である事、まさに精神に対する肉体の勝利と言う訳か。おまけに、彼の行動が、正義感を唯一の基準としている事、何だ右翼か。等々。つまり、現代の高校生=青春をいささかも捉え得ていない以上、そこには青春映画を作る人間の、青春に対する無理解、あるいは理解できない自分を誤魔化し、理解したような気分になってしまう傲慢さがあるだけなのである。青春が殊更主題とされる得るのも、それがある人間にとって最も情況と密接な関係にある時だからである。である以上、『さえないやつら』においては、あの60年代の後の、70年代の情況と密接不可分の青春が出て来ない限り、それは現代の青春映画とは絶対言えないのである。

 赤旗原作という事で、代々木の動員を見込んで吉松は作ったのかも知れない。ならばオカド違いだ。彼等プラグマチストは、代々木ベッタリでなけりゃ、この映画のように少しでも「トロツキスト」を悪人の範疇から外してしまえば、絶対に認めはしない。その意味では、吉松は情況の読み方すら知らないのだ。唯一、さえていたのは小倉一郎扮するノイローゼ少年で、初めのうちホモを思わせたりして面白い。但しこれは彼自身の演技力であるべきで、吉松なんぞは断固無視すべきだ。

(『映画評論』1973年8月号)

☆『映画評論』初投稿の原稿であります。『キネ旬』のときとは違って、いかにも編集長の佐藤重臣氏好みの文章にしてあるところが、なんともイヤらしいですね。

鉄砲玉の美学

 作家第一主義の芸術映画を製作してきた日本ATGが、いまさら興行安全第一と、第二東映化してしまったのはなんともなさけない、――と、これは毎日新聞の記事なのだが、そんな批判も言うのがいやになる程、ATGには腹が立つ。

 もとより東映ファンではなく、ATGファン(と言うのはおかしいが)であった私は、常に“何かある”事を期待して映画を見続けてきた。決して“ゲイジュツ”でなくてもよいのだ、企業の中では出来ない、またフリーであるが資金に乏しい、そんな作家に危険負担を交換条件に冒険の機会を提供していたATGだからこそ、私達はそこの注目せざるを得なかったし、その冒険の思想が、作られた映画に高い評価を与える根拠にもなっていたはずである。

  しからば「鉄砲玉の美学」に冒険の思想はあるか? 否である。確かに、映画は面白い。ATGだから難しくなければいけないなんて事はない訳だから、面白くて結構、しかしどんな面白さか? 少なくとも「鉄砲玉の美学」は安心して見ていられる面白さである。ローテーションに乗った面白さだ。「既成のワクからはみ出す挑戦」(中島貞夫)などせいぜい製作費の面でしか見られないのでは?

 東映はこの映画の後、シネモビル方式の導入、実録物中心、等の新路線を次々に発表している。その事自体別に悪くはないが、その実験をATGと中島に負担させ、中島自身も東映の目論みを粉砕できる程の作品を作り出せなかった事は、やはり自己批判が必要だろう。

 東映じゃポシャる企画だから、ならばATGで、と言うのではあまりにも安易にすぎるのではないか。それとも、中島は自分の立場を東映から飛ばされた鉄砲玉に似せて、結局ハジけなかった清に己の本心を託しているのであろうか。ならば、ATGにまで行って、変な事をやるな! と言いたい。

(『キネマ旬報』1973年4月下旬号)

DVDではありませんが……

☆これはATGとしては特殊な、東映の現役監督がATGシステムで作った映画についての批評である。当時としては、ATGシステムというのは監督に負担をかけるのは分かっていたが、それなりに「監督が作りたいものを作れる」システムだと思っていたという、若気の至りでございます。作りたいものを作れるのに、作りたいものを作っていなくて、こんなものを作ったのか、それも我らのATG(?)で、という単純な思い込みの中で書いた文章だな、これは。

パサジェルカ

 原作者アンジェイ・ムンクがその製作を最後まで貫徹したなら、それはそれで劇的な構成の上に立った素晴らしい作品になっていたであろうが、ムンクの製作中の不慮の死は、又別の方法で同じテーマを更に追究する、やはり素晴らしい作品創造の下地を作った。

 実質的な最終製作者である、ヴィトルド・レシェウィッチはムンクの撮影したフィルムを、ムンクの編集ノートに従って編集する際に、ひとつの前提をおいた。ムンクの追究したテーマの本質は一体何なのか、未完の「パサジェルカ」を完成させることを通じて、自分自身もそれを追及しよう、と。その結果として、ゴダールによって引用されたジガ・ヴェルトフの言葉「映画の編集を、撮影前に行い、撮影中に行い、撮影後になお行うこと」の実践が必然的に、行われた。

 つまり、映画を単なる自己完結的な物語としてではなく、批評として製作すること、結論をポンと提出するのでなく、見る者もそれについて考えることを要求するえいが、観客は単なる“ファン的視点”は許されず、ムンクに対するレシェウィッチの関係と同じく、ある意味では創造の側に立たされる、映画だ。

 アウシュウィッツの女囚と女看守との間の心理的戦争。ナチ・ドイツの有能な下級官吏としてあっても、しかしそこにはあくまでも人間としての弱さを持つ。囚人も又人間なのだ。いやむしろ、被害者としての後退不可能な所にいる囚人の方が、人間的なず太さを持って、この心理戦争で優位に立っている。

 ポーランド派の作品群の中でも、戦争に「悲惨」の責任転嫁する敗北主義を露骨にする作品がある中で、むしろ戦争を行う人間そのものの弱さに戦争の悲惨の原因を見る「パサジェルカ」は、被害国である筈のポーランドにありながら、加害者の側に立ち得る希少の作品である。

 スターリン批判が、世界人民が攻勢に転進する機会であることを、作品は体現している。

(『キネマ旬報』1973年3月上旬号)

☆この作品についてはあまり記憶にないのだが、でもポーランド映画のにおいがプンプンする映画であったようだ。アンジェイ・ワイダとかアンジェイ・ムンクとか、結構ポーランド映画は好きでよくみた記憶がある。しかし、もう劇場ではほとんどど上映されていなかったので、 半分くらい京橋の近代美術館フィルムセンターで見た。

らしゃめんお万 彼岸花は散った

 金髪の壺振りという世にもキッカイな道具立て、さてはパロディの天才大和屋竺、鈴木清順だけでなく東映ヤクザ映画までマナ板にのせる気か。と思いきや、ヤクザどころかやはり東映「女番長ブルース」はたまた日活映画狂い咲き「野良猫ロック」までをも俎上に載せて大奮闘。客の舌をとろかす珍無類の味を作ってしまう。

 一方でポスト純子のどうのこうのとなぜかかまびすしいが、ヤクザ映画の「ロマン」を「ポルノ」の中で徹底的に料理した「ロマンポルノ・らしゃめんお万」は、小林敏夫ふうに言ってもパロディの大傑作なのだ。金髪の壺振りというのは誰のものかは知らないが、これ程のグロテスクで不条理な存在はないだろう。例えば「団地妻……」などと伴映されると、思わずアクビが出てくる私の脳ミソをピンと弾くのは、実にこの不条理な素晴らしさである。ヤクザなど所詮乱世のアダ花にすぎないのであるが、東映はあたかも桜のように飾りたててしまった。インチキである。満開の桜も時が来ればいつか散ってしまう。いっそガセネタの道を全うした方が、それはより真実ではないか。ヤクザ映画に対して、どうも入り込む事のできなかった私<たち>の疑問が、この徹底したニセモノのメルクマールを通して、やっと解けてきた。偽善ぶった東映ヤクザは死んじまえ(と言うまでもなくもうダメか)。

 とは言うものの、アダ花はアダ花らしくなら、ポルノはポルノらしくなければいけないのだが、なぜかポルノらしくない点が気にかかる。これは他のロマンポルノも同様で、ホームドラマ臭、青春ドラマ臭がどこかにひっかかっている。これは日活製作陣の未だ煮えきらない点なのか。落ちるなら地獄の底まで落ちていく姿勢がなければ、いくら一千万円かけたところで三百万の「本物」ポルノを凌駕する作品は望めない。所詮は「パロディの傑作」にとどまるのみなのだ。

(『キネマ旬報』1972年9月上旬号)

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☆私が書いた最初の日活ロマンポルノ評である。ヌーベルバーグには完全において行かれ、東映ヤクザ映画路線にいまひとつ乗り遅れた私達の世代には「俺たちの映画」というものがない。そんな意味では日活ロマンポルノには多少支持を集めてもいいようなものだが、どうも私にはイマイチ、ロマンポルノにものれないものがあった。日活労組が代々木系だったということもあったのかも知れないが……。その点、わりとすんなりロマンポルノを受け入れた寺脇研あたりがうらやましかった記憶がある。

寓話的ことば・沈黙・暴力論

キネ旬ニュー・ウェーブ

「ウィラード」について

1 理解を拒絶する行動

「ウィラード」を見て、私は五木寛之の「鳩を撃つ」を読んだせいもあるのだが、そこに於ける動物の人間に対する反逆の意味について考える必要がある事を感じた。それは、論理の飛躍を今許してもらえるならば、ある意味で連合赤軍あさま山荘事件やロッド空港の事件なども理解する鍵を含んでいるのではないだろうか。

「ウィラード」については、あまり芳しい評価は聞かない。その低い評価の中心は「あまり恐くない」点に集中しているのだが。確かに、ネズミという一見不気味な存在を扱っていながらも、映画になってしまうとそれ程不気味さを持っていない。例えばヒチコックの「鳥」が不気味であるのは、その行動の理由が観客に知らされていないからであろう。それに較べ、「ウィラード」ではネズミ達の行動についてその理由がいちいち知らされている。この辺がネズミでありながら非常に人間臭くなってしまう、不気味さを減少させているのだ。しかしながら、一定程度の説明がありつつもそれは充分ではない。ネズミ達の行動についてより考えて行けば行く程、その理由の真の理解を拒絶されるものが感じられるのだ。

2 「ことばと連帯」

 動物が人間に反逆する構図の中には、「ことば」と「暴力」の間にある問題が押し込められている。映画の世界だけでなく、「犬が人間を咬み殺した」なんて言うのは私たちが時々ニュースで聞く事である。人間は、それを飼い主の方に問題をすり変えてしまう。これはおかしいのじゃないだろうか。

「ことば」とは「かけ引き」のことだ。「暴力」とは、それを一切否定した所にある、問題解決の方法である。そして、動物が人間に対して反撥する時、それは人間と動物の間に共通の「ことば」を持たない以上、一切の「かけ引き」を拒否し「暴力」による対決した許さない事になる。

 ここに「ウィラード」のストーリーの謎がかくされているのだ。最初ウィラードと「一緒に」なって戦っていたネズミ達は、ウィラードが彼自身の目的を果たしたのでもうネズミが必要でなくなりネズミを殺した事に対して、「復讐」をする、と言うのが一般的な解釈だろう。しかし、私はそう思わない。ネズミ達は最初からウィラードを「一緒に」なった事などないのだ。連帯とか共闘とか言う言葉があるが、それは少なくとも二人以上の者が、その共通の敵を確認した時に可能となるものだろう。しかるに、その時には両者の間に共通の「ことば」が生まれる。連帯とは各々の間に共通の「ことば」を作り出す事なのだ。

 しかし考えるに、ウィラードとネズミ達の間に共通の「ことば」が存在した事があっただろうか。それはない、一時期たりともない。例えば、ウィラードがネズミ達を発見し、その後、彼等を「教育」し、ウィラードの「ことば」を理解させる過程について。私達がここで気をつけなければいけない点は、ネズミ達がウィラードの「ことば」を少し理解できたとしても、逆方向にウィラードがネズミ達の「ことば」を理解する事は遂になかった、と言う事である。ウィラードがした事と言えば、ネズミ達をエサでつり、時分の「ことば」を「教育」しただけなのだ。確かに、一時期に於いてウィラードとネズミは仲が良かったかも知れない。しかし、ウィラードが「エンプティ」と言うと空の箱に入り、「フード」と言うとエサ入りの箱に入る方の、ネズミ達の「ことば」を彼はどうやって理解しただろうか。それは理解などと言うには程遠い、単なる類推にすぎないのだ。彼は理解しようと努力をする事をせずに、一方的に自分の「ことば」をネズミ達に理解させようとのみ、努力したのである(それが教育の本質でもあるのだが)。

 ウィラードは白ネズミとは常に一緒にいるが、黒ネズミとはあまり行動を共にしたくないので彼を拒否する。黒ネズミは何度もウィラードの前に現れる、彼が何度拒否しようとも現れる。ウィラードは又追い返す。

 会社の書類倉庫の中で白ネズミが社長に殺される時、ウィラードは唯々それを眺めているのみである。

 以上ふたつは、ウィラードがネズミ達の「ことば」をまったく理解していない事の例である。ネズミ達のウィラードに対する「反逆」は、既にこの時、彼らの意識下に於いて準備されている。共通の「ことば」を持ち得ない事を、ネズミ達はこの時はっきりと理解したのだ。

 このような、共通の「ことば」を持ち得ないままの、表面的な連帯は「まぼろし」の連帯にすぎない。ウィラードはネズミ達の「ことば」を理解する事を怠ったまま引き回そうと考えたのである。そして、そのウィラードの誤りを黒ネズミはしつこい行動によって、批判し、繰り返して何度も行ったのだ。もしこの時、ウィラードが黒エンズミの行動の中から、彼等の「ことば」を見つけ出す努力をしたならば、少なくともラストに至ってネズミ達のもはや「暴力」という形でしか表現できない、「ことば」の攻撃を受ける事はなかっただろう。

 私は先述したように、この物語を「因果応報」的なものにとらえる事には、以上の点から反対する。

 ここで、若干脱線して、彼等の間の連帯を不可能な所まで追い詰めた、「ことば」の問題にふれつつ、そこを通して彼等の間の連帯などについて更に論究する。

3 「ことば」と「沈黙」

 以上のように共通する「ことば」をは、真の連帯関係がある者同士内部にのみ存在するわけなのだが、前節の最初に述べたように、「ことば」と「暴力」は、その本質(表現の方法という本質)においては同じである。そして、それらは二者択一的に存在する、と私は思う。つまり共通の「ことば」がない、真の連帯のない所には「暴力」しか存在しない、と思えるのだ。勿論、その中間的な形として「沈黙」があるとも言えるのだが、「沈黙は暴力」と言う言葉通り、「沈黙」とは既に「暴力」を内包しているものだ。それはただ目に見える形としての「暴力」がまだ表現されない、と言うだけのことだ。

 この辺の「ことば」と「暴力」の関係を現前化したのが「連合赤軍あさま山荘事件」だった。彼等があさま山荘に逃げ込んだ直後から、警察、報道陣、そして又私達は「牟田泰子さんをタテにとって、何か要求を出すに違いない」と考えていた筈である。しかし、それは最後の最後迄外れっぱなしだった。

 私はその「沈黙」の中からひとつの痛烈なまでのイメージを受けた。つまり、彼等の「沈黙」とは、警察や市民社会の中で安泰な生活を持っている私達の持つ「ことば」に対する断固たる拒否の意志表明である、と言うふうな。(っこで「彼等も結構プチブル的に堕落していたんじゃないか」と言われると思うので、それに答えたい。確かに既に崩壊している組織を無理に引っぱり回したりして、それは堕落と言えるのだが、ある緊張関係を持った情況になると、主体者の立場は非常に深化するのが一般的な法則だ。つまり、彼等の場合それ迄いくら立場があいまいになっていたとしても、あさま山荘の緊張関係に置かれた事によって、彼等の立場は市民社会と正反対に位置する所まで行っていた筈だ)つまり、彼等は私達市民社会内部の人間が持つ「ことば」=「人質との交換条件としての要求の提出」など全く理解できる筈がない。それは、まさしく彼等が市民社会的「ことば」=「市民社会的価値体系」と同居する事に他ならないからである。

 その「ことば」にかえて彼等が提出したのは、銃の発砲と言う表現をとった「暴力」である。そこでは、彼等の持つ「ことば」とはまさしく銃=「暴力」以外の何物でもない。そして、あさま山荘の緊張関係はそこ迄、敵味方の立場を峻別する程に激しかったのであろう。

「アルジェの戦い」に於けるアリの壁の中の沈黙の意味も又、あさま山荘の沈黙の意味とおそらく同質のものであろう。アリのセリフ「あいつらと語るコトバなんか持ってない」が今はっきりと思い出される。

 いま、更に飛躍させるなら、「連続射殺魔」永山則夫にとっての「ピストル」、少々古く「草加次郎」の「爆弾」も又、それら同質の「沈黙」を突き抜いた「暴力」の「ことば」なのだ。

 まさしく「沈黙」とは、敵と共通する「ことば」を持たない意志表示として、「暴力」による表現に達する過程にある「ことば」に他ならない。

「暴力」とは「ことば」であり、「沈黙」も又「ことば」なのだ。

4 不可避な闘い

 以上の「ことば」の概念からすると、「ウィラード」にあっては、動物と人間が共通の「ことば」を持つ事はドリトル先生でもない限り不可能なので、ウィラードとネズミ達が同じ立場にあった事は最初から最後迄一貫して、存在しない事になる。それはア・プリオリに不可能なのだ。しかし、私は先に「まぼろしの連帯」を言った。これはどう説明すべきか。それはトロツキーの「別個に並んで共に撃つ」思想によって解答を与えられるだろう。

 つまりネズミにとって敵は、ネズミの持つ「ことば」を絶対理解できないところの、すべての人間である。ウィラードにとって敵は、親父の会社を乗っ取り、母を殺し、今又自分をクビにしたところの、社長である。社長も又人間であるのだからして、そこにはファシストと闘うプロレタリアとブルジョワジーとの関係に似たものが誕生する。プロレタリアとブルジョワとの間には共通の「ことば」が存在しないにも関わらず「別個に並んで共に撃つ」事を、そこでは要請される。

 そこに於いて誤りを生ずるのは、「別個に並んで」いるのだから、連帯などあり得ないにも関わらず、「共に撃」った体験から連帯できると思い込んでしまう時である。この誤りは、敵の姿を隠し、自分の真の友はだれか、真の敵はだれか、を見失わせる。

 しかし、ここで面白いのは、この誤りを犯したのはウィラードでなく、ネズミ達だと言う事だ。彼等はウィラードと共に社長を撃った体験から、ウィラードと連帯できると考えてしまった。ところが、ウィラードは自分の立場をはっきり知っていた。彼は最初からネズミ達に一方的に彼の「ことば」を教育する事のみ行い、だからこそ、かれは本懐とげた後、若干の自責の念を持ちながらも、ネズミを池に沈めて殺すことをいとわないのだ。

 ダニエル・マンはここで「支配階級の方がより本質を見抜いているよ」と警告しているみたいだ。

 その後、ネズミ達はウィラードを反面教師として、まぼろしから醒めた。ネズミ達はにせの連帯の本質をやっと知ったのだ。ネズミ達の大衆(?)的大反逆のシーンのすごみは、まさしく階級闘争のダイナミックスを私達に感じさせないではおかない。

「ウィラード」が提出した「ことば」と「沈黙」と「暴力」に関わる問題は、文化における闘いのマニフェストであり、そしてそれは批評する者にとっても「批評する『ことば』はいかにあらねばならないか」を考えることを要求するマニフェストでもある。

(『キネマ旬報』1972年7月下旬号)

DVDはダニエル・マンのオリジナル版ではなくて、グレン・モーガンのリメイク版です。

 

☆いやはやまさしく「アジビラ的映画批評」ですね。いっそのこと、こんなもん書いているんだったら、本格的に左翼活動でもやってりゃ良かったんじゃないか、とも思わせる文章です。

8 1/2

 真面目に創造に立ち向かっている人間が、自分の創造すべきものを見失った時、これ程無残な状態になるものか!

 どうしても映画を作りたいと考えて、なけなしの金をはたいてカメラとフィルムを買って有頂天になって、さてと街に飛び出した。ところが何を撮ったらいいのかわからずに、飛び出した後で途方にくれてしまい、結局、何も撮らなかった。この「おかしさに彩られた悲しみのバラード」のような話は。実は私自身の体験なのだが、それは映画を作りたいと思っている人達の多くに共通するのではないだろうか。だからごく趣味的にプライベート・フィルムを作っているだけの私にも、この作品に描かれたフェリーニの苦悩が、まるで自分の事のように思えてしまう。勿論、程度はまるで違う。私達にとって、それはまったくの喜劇だが、フェリーニにとっては悲劇以外のなにものでもないのだから。

 無残な創造者は、そこから脱出すべく試みる。過去の記憶を呼びさましたり、さまざまなイメージを思い浮かべてみたりするのだ。だが、それは現実とは結びつかない。ただ貧相なイメージの無意味な連鎖があるだけである。結局は何のテーマも打ち出せない、混乱があるだけだ。フェリーニはそこで、自分自身のそんな心情を映像にぶつけて、それ自体をテーマにしたのだろう。それは、創造の困難さを表現していて尚余りある。カメラをフィルムさえあれば映像はできる、が映画は作れないのだ、と言っている。

 このフェリーニの苦悩それ自体が表現されている映画は、それ故に映画に携わる者必見の作として高く評価されたのであろう。しかし、フェリーニ自身、もはやその問題は解決したのだろうか。「サテリコン」なんて言う、貧弱なイメージを大袈裟なセットでかろうじて支えているだけのような作品を見ると、フェリーニは自分を誤魔化しているのじゃないか、と思えてくるのだ。

(『キネマ旬報』1972年夏号)

☆いやあ、この単純さはすごいですね。フェリーニにしてみれば、こんな風な印象を持たれることを前提に作っているわけです。それに簡単に引っかかってしまい、このような映画評をものするなんて、っていうところですね。それも貧相な自分の映画製作体験まで引っ張り出してね。

愛のために死す

 周囲から許されない愛の終局は死である。これはメロドラマのパターン。友達みたいに話のできる先生、これは学園モノのパターン。でもそれは前半で終わり。後半に入ってそのパターンがつき崩される所に、この作品のテーマが置かれているようだ。

 パリ5月反乱の内容は、そこにいた訳ではないので詳しくは知らない。が、日本の反乱から察するに、そこには変革と堕落が同居していただろう。それは既存体制の人は勿論、旧左翼、新左翼党派とそれらにまつわる知識人たちの理解を超えた。

 この作品でジェラールの父親達は、多分人民戦線の記憶をいまだ持続し、左翼により多くの期待をかけている好意的な人物である。しかし、68年5月の反乱はそうした人達の理解を越えた。そしてそれ故に、それは新たな可能性だった。

 人は自分に理解できない行為を「気違い」と呼び、自分が「正常」であると安心する。例えば、中世の魔女裁判や、近い所では統一赤軍の「総括」のように。だから、世の中から気違い扱いされた時、その人は自分が世の中から理解されない程に革命的なんだ、と理解できる筈だ。換言すれば、ダニエルやジェラールは5月反乱中最も革命的な人達だ。気違いの入口でストップして、並みの人になっている私は恥ずかしい。

 ダニエルの死、まだまだ既存体制(意識)は強いのだ。この作品は、メロドラマ風の題名をつき破り、私たちに5月反乱の総括を提起している、と思われる。そしてアンドレ・カイヤットは愛と言うモチーフを貫きつつ「あなた達も、ダニエルやジェラールのように気違いになれるか」と私達を問い詰める。気違いになれなかった私は、ただただ沈黙し、ホゾを噛んでいるのみだった。

 ひとつ言い足せば、これは太田竜のテーゼ「精神病との闘いはすぐれて階級闘争である」を偶然にも、見事に映像化している。

(『キネマ旬報』1972年6月上旬号)

☆このころの太田竜氏は、竹中労氏、平岡正明氏と三バカ革命浪人とか名乗って、「窮民革命」をとなえていた頃で、まだマトモであった。

 最近の太田氏はどうなっちゃったんでしょね。

「批評する立場」の深化のために

キネ旬ニューウェーブ

平田秦祥視の「立場」論の議論の混同について!

     1

 平田氏が言う「批評する立場」とは、どんな立場を言うのか、私は一瞬不可解な気持ちにされた。何故なら平田氏が「立場」と言う時、それはふたつの「違った種類の立場」が不思議に混同されて使われているからなのだ。「違った種類の立場」とは一体何か、つまり(広義の)政治的立場と批評的立場である。平田氏は「映画評=映画解説」として、映画の略筋に若干の私見を付録して済ませている「映画評論家」に対して別れを告げるのだが、さて自分の方は、と言う事になると「水俣病患者たちの立場につく」と言う。なるほど、今、水俣病患者の立場につかない事は、即公害企業の立場につく事、犯罪的行為だ。しかし、平田氏が映画「水俣」に対して「観客」として関わっている以上、患者の立場につくと言っても、平田氏の立場とそれとは果てしもなく遠いのだ。まして「加害者になるのはいやだ」風な責任のがれでは、もっと犯罪的だ。映画を生まれて初めて見たミケランジェロ(ゴダール「カラビニエ」)が、スクリーンに飛び込んで行ったのと、平田氏の「立場」とは五十歩百歩に過ぎないのではないか。もっとも、平田氏が水俣病患者と、積極的な行動を共にしているのなら、前言は撤回するが。

 私はむしろ、寺脇氏が「水俣病患者たちには同情する。しかし、私はどうしようもない。」と言う時、その言葉だけを取り上げるなら、正しいと思う。何故なら、それは映画と自分との距離を素直に認めた発言だから、なのである。私は批評の出発点(立場)をここに置きたい。平田氏の言う「立場」が、現在(以前から持続して)問われている事は確かで、それを明確にしなければならない事、その立場を明確にしない評論者がいてはならない事は重要である。しかし、それのみでは決して、「映画評=映画解説」を批判しなければならない、とは出てこない。政治的立場を問う事、それは批評的立場を問う前提としての問題であって、今、平田氏の主要な批判の対象である批評的立場の問題とは、さし当たって別のものとする必要があろう。私は平田氏にこの事を言って、彼の映画批評のよりいっそうの深化を、同じ投稿マニアのひとりとして、求めたい。

    2

 批評的立場とは何か。私が批評する時、それはすべて「今、自分は学生である」と言う点から出発している。私は高校時代の闘いの苦しい(?)敗北を受け入れ、入試に合格し「学生」と言う市民社会の身分を得ている。入試と言うものが、身に付いた市民社会的価値観の度合いを測るものである限り、それに合格した私は、過去に於いて市民社会に対する闘いを(少なくとも主観的には)全力で行っていながら、今その片隅でコソコソ生存し続ける自分を見るのである。そんな私にとって、批評とは市民社会の内で自分の精神的位置が「どこから来たのか、どこにいるのか、どこへ行くのか」と小さな兵隊のように検証する作業に他ならない。まったく「僕にとっては、活動期は過ぎてしまった、僕は年をとったのだ。反省の時が始まる。」とでも言っているように……。だが、そうする時、私の批評的立場は正しい、と確信できるのだ。

 映画とは何か、その事を考える時、私はそれを「作品」と言った完成されたものとしてではなく、<作品―鑑賞>と言ったもっと総体として「映画」を考える。だからそれは単なる作られた構造ではなく、ひとつの運動の回路、つまり<作品(創造)→鑑賞(批評)→作品……>と言う風な、連続する運動の回路であり、それが「映画」だと思える。鑑賞とは私達観客に対置される物であって、それは当然批評する場合の位置である。つまり、自分がどうしようもなく観客である、と言う場所に批評が立つのである、と思う。又、映画が運動であるととらえる以上、費用は単なる感想の枠内にとどまってはならず、運動を構成するもの、つまり批評自体が運動的にその一環となるものでなければならない、と思う。「運動的に」などと言うと小難しくなってしまう(自分でも分からなくなる場合がある)のだが、結論を言うなら、批評が単なる「一般の観客」の為の映画解説になってはいけない、と言う事だ。何故なら、映画解説では決して「鑑賞」の側に立った発言になれないからであり、その事は<作品―鑑賞>と言う回路を回り続ける運動を停滞させるからである。

 もっとも、こうした「映画批評=映画解説」がその方法として行われる事は当然だったろう、とも思える。それはブロック・ブッキングなどの様に<作品―鑑賞>の回路を全く無視した方法が代表する時代では、製作者からの一方的な作品の押し付けを観客に媒介するもの、それが映画批評でありすなわち映画解説であった、と思えるのである。だが、五社も一角が崩れ、ブロック・ブッキングの先も見えているような現在、そして映画の自主製作運動や自主上映運動が非常に広範に行われているような現在、それは作品を取り巻く情況のすべてが変化する現在なのだ。そこでは映画批評もやはり変化しなければならない。

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 では、「運動的に行う」映画批評とは何か。その大前提は、とにかく私達が観客である、と言う事である。私達はひとりの観客として映画と出会うわけであるけれども、その出会いこそが映画批評のすべての方法ではないだろうか。私達は映画と出会うたびに、その映画に仮託していろいろな事を考える。愛、社会、人間、戦争……。しかしそこで常に忘れてはならないのが、私は観客である、と言う事である。私達が映画に思いをよせる時、しかし私達は常に自分の生活を持っていて、そこから離れる事ができない事も知らなければならない。これは、私達の日常生活と全く隔絶されたヤクザ映画のようなものでも、やはり切り離せない。そこで行われる「代行」としての演技ですら、観客の日常生活から余りにも大きな距離をもちつつも、しかし、それに対する観客の思い入れも結局は彼の日常生活に根ざしたまま、離れない筈だ。

 つまり、映画と私達の日常生活との出会いを契機に、それ迄の道程とそこからの旅立ちを述べて行くこと、それが批評であり、それは決して「観客」の一点から離れた所では行い得ないものなのだ。

 こうして「観客」と言う事を考える時、多くの映画評論家が『沈黙』と言う全くもって観客無視の(私にはそう思える)上映を行った作品をベスト・テンに推しているのを見ると、彼等には「プロの観客」としての当たり前の感情すら持ち合わせていないのか! と思ってします。彼等は自分が観客である事を忘れてしまっているのだ。

 「プロの観客」たる映画評論家は、ではどうあるべきなのか。彼等の批評も「映画との出会い」である本質に違いはない。批評することに於いてプロとアマの違いなどないのだ。しかしながら、彼等には少なくとも素人の観客=批評者の批評に対するオルガナイザーでなければならない。それは同時に、総体としての映画に於けるオルガナイザーでもある。つまり、彼等の批評は運動のエネルギー源であると共に、その批評の、映画の、そして総ての行く先をはるか望遠するようなものでなければならない、と思うのだ。

 こうして考えて来ると、平田氏と別の意味でも、やはり真の批評家と呼べる人の少なさには驚くが、しかし、それはかえって、今、批評の定型がない事、批評が混乱している事、つまりそれは今が「いい情況」なのだ、とも思える。私はその中でこそ、自分自身の「出会い」を求められるのだ、と思う。

(『キネマ旬報』1972年3月下旬号)

☆それまで、「読者の映画評」という800字程度の映画評欄に投稿していたのだが、もうちょと長いものを書こうと思って書いたのがこの原稿です。

 文中触れている平田泰祥は今どうしているのだろうか。寺脇氏とは寺脇研氏のことであり、多分この当時は既に東大生になっていたはずである。平田氏、寺脇氏とも共に、『キネ旬』の「読者の映画評」の常連投稿者であり、他の投稿者から「何で、平田、寺脇、角田の投稿ばっかり採用するんだ」と、編集長に文句が来ていた時期ではないだろうか。

 平田氏は今どうしているんだろうか。映画の仕事を続けているだろうか、どうかは分からない。寺脇氏はその後、文部省(現・文科省)にいって「ゆとり教育」で名をはせたことは有名。実は、寺脇氏は高校生(鹿児島ラ・サール!)のときから『キネ旬』の投稿者で、東大に入学した際に「もう、僕は庶民の立場で映画を見ることが出来なくなりました」という手紙を、当時の白井編集長に送ったそうなwww。でも、その後も、日活ロマンポルノを見続け、その結果、カミさんから三くだり半を突きつけられた話は有名。

赤軍-PFLP 世界戦争宣言

 この映画が「ドキュメンタリー」ではなく「ニュース」である、とされている事には重要な意味がある。日々のTVニュースが確固たる「資本の音」を伝えるように、この映画は私達にPFLPの七つのテーゼとそれと共闘する赤軍派の「革命の音」を自信を持って伝える。私達は毎晩北京放送を聞くように、この映画を見るのだ。映像主体と客体との云々、と言う事は全くない。ドキュメンタリスト達に軽蔑されそうなこの映画は、その故に単なる政治的記録映画よりずっと高い水準にある、と思う。

 日々のTVニュースは、視聴者が小市民的意識を持っている事を前提に、語られる。この映画も、見る者が左翼的意識を持っている事を前提に、上映される。革命の音の力強く響くこの映画が、非常に力強く確固としている印象を私に与えたのも、結局そこに起因するだろう。しこで私は、自分は映画を見に来たのではなく、赤軍・PFLPの政治集会に参加したのだ、とやっとこさ分かった。

 その通り、これは(単なる)映画上映会ではなく、赤軍―PFLP世界戦争宣言集会なのだ。ここに、ゴダールの言う「映画を政治的に作る」事の実践が、ゴダール批判者足立正生の認めると否とに拘わらず、ある。そして、それは「十月」「母」等の「名作」で人を集めといて、そのあと自派の講演(アジプロ)を行うといった(代々木以下の反代々木)革マル文化運動(?)を「反革命だっ」と一刀両断の元に打据えて見えて、実に気味がよかった。

 日々のTVニューズリールが最も反革命映画なら、この映画は最も革命的ニューズリールである。そして、この最も革命的な映画を作る事は赤軍派とPFLPに「加担」する事だ、と足立正生は言っている。日々のTVニュースを見る事が、私達にとって支配者に加担する事なら、この映画に決して安くはない入場料を払った、私を含めた数少ない観客達も又、赤軍派とPFLPに「加担」した事を認めざるを得ない。

(『キネマ旬報』1972年2月下旬号)

☆この辺から、ちょっと政治性を帯び始めていますね。この前後に書いたものは、掲載されたものもそうでないものも、かなり政治的になってきて、これじゃほとんどアジビラじゃねえか、ってな感じのものが多いです。映画批評の形をとった「アジビラ」って、実はいまのブログでやっている、「本の批評を装って、実は自分の言いたいことを言っているだけ」っていうスタイルとまったく変わっていないのです。

 進歩がないですね。

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