« 赤軍-PFLP 世界戦争宣言 | トップページ | 愛のために死す »

「批評する立場」の深化のために

キネ旬ニューウェーブ

平田秦祥視の「立場」論の議論の混同について!

     1

 平田氏が言う「批評する立場」とは、どんな立場を言うのか、私は一瞬不可解な気持ちにされた。何故なら平田氏が「立場」と言う時、それはふたつの「違った種類の立場」が不思議に混同されて使われているからなのだ。「違った種類の立場」とは一体何か、つまり(広義の)政治的立場と批評的立場である。平田氏は「映画評=映画解説」として、映画の略筋に若干の私見を付録して済ませている「映画評論家」に対して別れを告げるのだが、さて自分の方は、と言う事になると「水俣病患者たちの立場につく」と言う。なるほど、今、水俣病患者の立場につかない事は、即公害企業の立場につく事、犯罪的行為だ。しかし、平田氏が映画「水俣」に対して「観客」として関わっている以上、患者の立場につくと言っても、平田氏の立場とそれとは果てしもなく遠いのだ。まして「加害者になるのはいやだ」風な責任のがれでは、もっと犯罪的だ。映画を生まれて初めて見たミケランジェロ(ゴダール「カラビニエ」)が、スクリーンに飛び込んで行ったのと、平田氏の「立場」とは五十歩百歩に過ぎないのではないか。もっとも、平田氏が水俣病患者と、積極的な行動を共にしているのなら、前言は撤回するが。

 私はむしろ、寺脇氏が「水俣病患者たちには同情する。しかし、私はどうしようもない。」と言う時、その言葉だけを取り上げるなら、正しいと思う。何故なら、それは映画と自分との距離を素直に認めた発言だから、なのである。私は批評の出発点(立場)をここに置きたい。平田氏の言う「立場」が、現在(以前から持続して)問われている事は確かで、それを明確にしなければならない事、その立場を明確にしない評論者がいてはならない事は重要である。しかし、それのみでは決して、「映画評=映画解説」を批判しなければならない、とは出てこない。政治的立場を問う事、それは批評的立場を問う前提としての問題であって、今、平田氏の主要な批判の対象である批評的立場の問題とは、さし当たって別のものとする必要があろう。私は平田氏にこの事を言って、彼の映画批評のよりいっそうの深化を、同じ投稿マニアのひとりとして、求めたい。

    2

 批評的立場とは何か。私が批評する時、それはすべて「今、自分は学生である」と言う点から出発している。私は高校時代の闘いの苦しい(?)敗北を受け入れ、入試に合格し「学生」と言う市民社会の身分を得ている。入試と言うものが、身に付いた市民社会的価値観の度合いを測るものである限り、それに合格した私は、過去に於いて市民社会に対する闘いを(少なくとも主観的には)全力で行っていながら、今その片隅でコソコソ生存し続ける自分を見るのである。そんな私にとって、批評とは市民社会の内で自分の精神的位置が「どこから来たのか、どこにいるのか、どこへ行くのか」と小さな兵隊のように検証する作業に他ならない。まったく「僕にとっては、活動期は過ぎてしまった、僕は年をとったのだ。反省の時が始まる。」とでも言っているように……。だが、そうする時、私の批評的立場は正しい、と確信できるのだ。

 映画とは何か、その事を考える時、私はそれを「作品」と言った完成されたものとしてではなく、<作品―鑑賞>と言ったもっと総体として「映画」を考える。だからそれは単なる作られた構造ではなく、ひとつの運動の回路、つまり<作品(創造)→鑑賞(批評)→作品……>と言う風な、連続する運動の回路であり、それが「映画」だと思える。鑑賞とは私達観客に対置される物であって、それは当然批評する場合の位置である。つまり、自分がどうしようもなく観客である、と言う場所に批評が立つのである、と思う。又、映画が運動であるととらえる以上、費用は単なる感想の枠内にとどまってはならず、運動を構成するもの、つまり批評自体が運動的にその一環となるものでなければならない、と思う。「運動的に」などと言うと小難しくなってしまう(自分でも分からなくなる場合がある)のだが、結論を言うなら、批評が単なる「一般の観客」の為の映画解説になってはいけない、と言う事だ。何故なら、映画解説では決して「鑑賞」の側に立った発言になれないからであり、その事は<作品―鑑賞>と言う回路を回り続ける運動を停滞させるからである。

 もっとも、こうした「映画批評=映画解説」がその方法として行われる事は当然だったろう、とも思える。それはブロック・ブッキングなどの様に<作品―鑑賞>の回路を全く無視した方法が代表する時代では、製作者からの一方的な作品の押し付けを観客に媒介するもの、それが映画批評でありすなわち映画解説であった、と思えるのである。だが、五社も一角が崩れ、ブロック・ブッキングの先も見えているような現在、そして映画の自主製作運動や自主上映運動が非常に広範に行われているような現在、それは作品を取り巻く情況のすべてが変化する現在なのだ。そこでは映画批評もやはり変化しなければならない。

    3

 では、「運動的に行う」映画批評とは何か。その大前提は、とにかく私達が観客である、と言う事である。私達はひとりの観客として映画と出会うわけであるけれども、その出会いこそが映画批評のすべての方法ではないだろうか。私達は映画と出会うたびに、その映画に仮託していろいろな事を考える。愛、社会、人間、戦争……。しかしそこで常に忘れてはならないのが、私は観客である、と言う事である。私達が映画に思いをよせる時、しかし私達は常に自分の生活を持っていて、そこから離れる事ができない事も知らなければならない。これは、私達の日常生活と全く隔絶されたヤクザ映画のようなものでも、やはり切り離せない。そこで行われる「代行」としての演技ですら、観客の日常生活から余りにも大きな距離をもちつつも、しかし、それに対する観客の思い入れも結局は彼の日常生活に根ざしたまま、離れない筈だ。

 つまり、映画と私達の日常生活との出会いを契機に、それ迄の道程とそこからの旅立ちを述べて行くこと、それが批評であり、それは決して「観客」の一点から離れた所では行い得ないものなのだ。

 こうして「観客」と言う事を考える時、多くの映画評論家が『沈黙』と言う全くもって観客無視の(私にはそう思える)上映を行った作品をベスト・テンに推しているのを見ると、彼等には「プロの観客」としての当たり前の感情すら持ち合わせていないのか! と思ってします。彼等は自分が観客である事を忘れてしまっているのだ。

 「プロの観客」たる映画評論家は、ではどうあるべきなのか。彼等の批評も「映画との出会い」である本質に違いはない。批評することに於いてプロとアマの違いなどないのだ。しかしながら、彼等には少なくとも素人の観客=批評者の批評に対するオルガナイザーでなければならない。それは同時に、総体としての映画に於けるオルガナイザーでもある。つまり、彼等の批評は運動のエネルギー源であると共に、その批評の、映画の、そして総ての行く先をはるか望遠するようなものでなければならない、と思うのだ。

 こうして考えて来ると、平田氏と別の意味でも、やはり真の批評家と呼べる人の少なさには驚くが、しかし、それはかえって、今、批評の定型がない事、批評が混乱している事、つまりそれは今が「いい情況」なのだ、とも思える。私はその中でこそ、自分自身の「出会い」を求められるのだ、と思う。

(『キネマ旬報』1972年3月下旬号)

☆それまで、「読者の映画評」という800字程度の映画評欄に投稿していたのだが、もうちょと長いものを書こうと思って書いたのがこの原稿です。

 文中触れている平田泰祥は今どうしているのだろうか。寺脇氏とは寺脇研氏のことであり、多分この当時は既に東大生になっていたはずである。平田氏、寺脇氏とも共に、『キネ旬』の「読者の映画評」の常連投稿者であり、他の投稿者から「何で、平田、寺脇、角田の投稿ばっかり採用するんだ」と、編集長に文句が来ていた時期ではないだろうか。

 平田氏は今どうしているんだろうか。映画の仕事を続けているだろうか、どうかは分からない。寺脇氏はその後、文部省(現・文科省)にいって「ゆとり教育」で名をはせたことは有名。実は、寺脇氏は高校生(鹿児島ラ・サール!)のときから『キネ旬』の投稿者で、東大に入学した際に「もう、僕は庶民の立場で映画を見ることが出来なくなりました」という手紙を、当時の白井編集長に送ったそうなwww。でも、その後も、日活ロマンポルノを見続け、その結果、カミさんから三くだり半を突きつけられた話は有名。

« 赤軍-PFLP 世界戦争宣言 | トップページ | 愛のために死す »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1557117/41292293

この記事へのトラックバック一覧です: 「批評する立場」の深化のために:

« 赤軍-PFLP 世界戦争宣言 | トップページ | 愛のために死す »